『天然コケッコー』のような、みずみずしい作品から『マイ・バック・ページ』のように時代を切り取る重厚な作品、そしてテレビ東京での異色のドキュメンタリードラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』など幅広い作風の山下敦弘監督。「何を作るかも大事ですが、“誰と作るか”の重大さを実感しています」という山下さんの新作は、美しく壊れかけた男と女の物語『オーバー・フェンス』。主演のオダギリジョーさん、撮影を務める近藤龍人さんとは同世代の結束の中で、独特な緊張感を持ちながら制作を進めていったそうです。今回の映画のこと、クリエイターへのアドバイスなど、お話を伺いました。
■ 熊切和嘉監督をはじめ、多くの影響を受けた大阪芸大の仲間
もともと小さい頃から映画が好きで、高校生の時には映画好き仲間とホームビデオで撮り始めました。当時は、『ロボコップ』や『ビー・バップ・ハイスクール』などの遊べる題材を見つけてきて、パロディーのような感じの映画ごっこでしたね。『ロボコップ』も俳優の山本剛史が原付に乗っていて、シルバーのヘルメットを持っていたので「やろう!」と撮ったのが最初です。
そして大阪芸術大学の映像学科に進んで、同期の呉美保監督、先輩の熊切和嘉監督など、多くの仲間と出会います。
中でも影響を受けたのは熊切監督ですね。熊切監督の卒業制作『鬼畜大宴会』を手伝って、直接的に映画の現場を見ることができました。自主制作で作り上げ、自主上映し、その後ぴあフィルムフェスティバルに出して、東京での興業が行われて…という映画を作るところから公開するまでの流れを全部見せてもらったことで、僕らにとっては突破口、道を作ってくれた先輩だと思っています。
熊切監督は『オーバー・フェンス』が三部作の最後を飾る、佐藤泰志さんの小説を映画化するシリーズの1作目『海炭市叙景』でも監督を務めています。佐藤泰志さんの原作をまず熊切監督が開拓して、次に繋いでくれたという意味でも、やはり熊切監督は開拓してくれる先輩なんです(笑)
なので、本作のオファーをいただいた時も、その三部作の最終章をちゃんと締めくくらないと、という想いもありましたし、熊切監督が作ってくれた流れという意味でも感慨深かったです。
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■ “全員野球”で作り上げた撮影現場
最近では若い頃に比べて、“この映画を誰と作るか”がより重要になってきている気がします。
今回も、この佐藤泰志さんの小説を映画化するシリーズを手掛けた星野秀樹プロデューサーと仕事をしたいという気持ちがありました。撮影の近藤龍人とは旧知の仲ですが、初めて仕事を共にする相手が多い中で、何ができるかという好奇心もあったと思います。
そして今回集まったスタッフ、キャストとは皆、同じような熱量で作っていくことができました。いろいろな人が同じ熱量でアイディアを出したり、自分の仕事をして、星野プロデューサーが言うところの“全員野球”で作り上げていったものだと思います。星野さんは、現場でしつこいくらいに言い続けていて「うるさいなぁ」って感じだったのですが(笑)その“全員野球”に最後は皆が影響されていたような気がします。
例えばこの映画をレーダーチャートで表現したら、丸に近い感じがするんです。どこか撮影が飛びぬけて良いとか、キャストが突出しているとかではなくて、全体の力がちゃんと機能しているというか…自分は監督という立場で演出しましたが、自分の手柄と言うよりも、このチームだからこそ作ることができた作品だと思っています。
蒼井 優さんも、かなり振り切れた役を演じてくれましたが、それもこのチームだったからこそで。僕がいて、オダギリジョーさんがいて松田翔太くんがいて、独特の個性を持ったチームでお互い影響し合った結果だと感じています。その中でも蒼井さんのキャラクターは映画の核というか、映画を一層豊かにするキャラクターだったからプレッシャーもあったかと思いますが、思い切り演じてくれて、活き活きとして見えました。
さらに、チーム以外にも函館という“場所”の要素も大きいですね。原作の舞台でもある函館の街自体が物語の一部になっていると思うくらい、原作の持つ世界観が画面から出ていたと思います。オダギリジョーさん演じる白岩義男が通うのと同じような職業訓練校があればできるかというと違って、函館でないとできない空気を感じました。撮っている時はそこまで意識していなかったのですが、完成した作品を見た時に、当たり前に背景に函館があるのが、この作品の力になっていると思いましたね。
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■ 同世代の心強さ
今回、全編にわたっての函館ロケで、合宿の良さが出ている部分もあると思います。職業訓練校のメンバーも、撮影が終わってからの皆の空気感も含めて映画には全部プラスに反映されている気がします。僕がはっきり役者を盛り立てる監督ではないので、役に対しての不安をそれぞれが抱えながら、俳優部は夜な夜な飲んでいたみたいです(笑)
そんな中、西川美和監督も『永い言い訳』の撮影の合間で陣中見舞に来てくれました。オダギリさんと3人、映画の世界で共にがんばってきた戦友のような気持ちがある同世代での飲みはとても楽しかったですね。
同世代の心強さは、作品にも現れていると思います。今回は僕とオダギリさんと撮影の近藤龍人がほぼ同世代で、その結束は現場を象徴するもので、蒼井さんはじめ俳優部にも影響したんじゃないかなと思います。
新人でもないし若手とも言われづらくなるくらい(笑)映画の仕事を続けてきた同世代は嘘がばれるような感じがあるので、お互い自分を大きく見せるとかではなく、襟を正して臨んだ感じがします。近藤龍人も、僕が格好つけたらすぐに見抜くので(笑)分かったふりとかは止めよう、と思ってやっていました。近藤龍人との仕事には独特な緊張感や高揚感があって、やはり特別なものだと思います。
■ 制約の中でも、まだ突破口はある
これまで様々なタイプの作品を撮ってきましたが、テレビでは異色と言われる挑戦もありました。テレビ東京でのドキュメンタリードラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』(http://www.tv-tokyo.co.jp/akabane/)は、その独特な世界ゆえにいろいろと聞かれることも多いのですが、自分が想定していた以上の反響があったので、ああいう奇抜で、安心して見ていられないような世界を作ることができたことに意味があったと思っています。
テレビも映画も制約が厳しくなっていく中、まだ突破口はあるのかなと。いろいろな試行錯誤はありましたが、やり切って風穴をあけたという想いはありますね。そしたら意外と、後続的な企画はなくて、ちょっと奇抜すぎたかなと(笑)かなり独特な世界で奇跡のバランスでしたね。僕としては、山田孝之に巻き込まれて記憶があまりないのですが…。
最近特に実感しているのは “誰と作るか”の重大さです。今回の『オーバー・フェンス』で、何を作るかも大事ですが、誰と作るかの重大さを思い知りました。もちろん、“何を作りたいか”がないと誰も付き合ってはくれないと思いますが、これから映像制作に携わりたいという方には“誰と作るか”という部分、人を巻き込むことも含めて、人と一緒にやることでの広がりを信じて進めていって欲しいと思います。自分の力以上のものが出た時が映画としては面白いと思うので、一人だと限界がありますが、いろいろな人の力が増幅していくところに面白味を感じています。
■作品情報
『オーバー・フェンス』
9月17日(土)テアトル新宿ほか全国ロードショー
オダギリジョー 蒼井 優 松田翔太
北村有起哉 満島真之介 松澤 匠 鈴木常吉 優香
監督:山下敦弘
原作:佐藤泰志「オーバー・フェンス」(小学館「黄金の服」所収)
脚本:高田亮 音楽:田中拓人
配給:東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区)