CM制作会社でディレクターとして活躍後、映画監督デビュー。4作目の『桐島、部活やめるってよ』(12)で第36回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ数多くの賞を受賞し、注目を集めた吉田大八監督。その最新作『紙の月』(主演:宮沢りえ 原作:角田光代)の公開を前に、お話を伺いました。
上京後に観た『爆裂都市 BURST CITY』から感じた”作る人の気持ちや勢い”
映像制作に興味を持ったきっかけは、石井聰亙監督の『爆裂都市 BURST CITY』という映画です。高校生まではずっと音楽が好きで、映像にはそこまで興味はなかったのですが、卒業後に浪人生として上京してから観た『爆裂都市 BURST CITY』は強く印象に残っています。好きなミュージシャンがたくさん出演していたので、完全にそれ目当てで映画館に行って、それまで自分が主にテレビで観ていた洋画とは全く違う印象を受けました。
それまでは映画を完全なプロダクトとして見ていたのですが、『爆裂都市 BURST CITY』からは作る人の気持ちや勢いがストレートに伝わってきて、「こういう映像を作る仕事もあるんだなぁ」と興味を持ちました。それで、大学に入ったら映画を作ってみたいと思ったことがきっかけですね。
大学に入るまではバンドをやりながらも、「音楽の才能はないな」と薄々思っていました。でも、大学に入って実際に映像を撮り始めたら、周りに褒められることも多くて、もしかしたら音楽よりは向いているのかな、という思いはありましたね。
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CMディレクターとしての日々の中、短編制作で生まれた気持ちの変化
大学時代から、コマーシャルはとても面白く見える世界でした。雑誌「広告批評」も面白かったですし、川崎徹さんや市川準さんの名前が出始めた頃で、コマーシャルは学生の目から見ても自由でクリエイティブな現場に見えました。
映画に興味はありながらも、その道への進み方が分からない中で、CMの会社に勤め始めた先輩の「CMは面白いし、向いていると思うよ」という言葉にも後押しされて、卒業後はCMの道を選ぶことになりました。
僕がCMの仕事を始めた当時は、企画からフィニッシュまで一貫して携わることが多かったですね。
ディレクターとして仕事をしていく中で、自分がCMに向いているということも分かってきて楽しかったので、学生の頃の、映画監督になりたいという気持ちは正直忘れかけていました。
ですが、ちょうどブロードバンドという言葉が使われ出した2000年代の前半頃、コンテンツとして動画が注目され始め短編制作の仕事が回ってきた時期に、少し気持ちの変化がありましたね。15分や20分くらいの短編を作るにあたって、その時はCMと同じ作り方をしたのですが、暫く動かしていなかった筋肉を動かした感じというか、忘れていた感覚が蘇ってくるようで、自分の作るものとして映画がまた視野に入ってきました。
実際に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007)以降、長編映画を撮るにあたっても、映像をどう扱うかという基本は、CM時代に身につけたものだと思います。映画のスタッフから「細かい」と驚かれることがあるのですが、その多くはCMでは結構、普通のことだったりします。15秒や30秒ベースで、クライアントに対する様々な約束からスタートするCMでは、例えば1秒足らずのカットの中でもこれだけは消化しなければ成立しない、という制約があるので、その作業を通じて得た精度は、映画を撮る時の自分の持ち味というか特徴になっていると思います。
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脚色のベースは”読後感”
今回の映画『紙の月』では、映像化を前提に原作を読みました。これまでの原作ものを映像化する際も同様でしたが、脚色する時のベースになるのは、自分の読後感です。今回の『紙の月』は、最初に”主人公の梨花が走って逃げる映画”だと思ったんですよ。
それが一番強く読後に残ったので、どこをどう走るのかとか、いつ走り始めるのかとか、どこへ向かって走るのかということから脚本の打ち合わせを始めました。梨花が最後に走るためには、そこまでの話の中で、どういう風に圧力が高まっていけばいいのかと、そういう風にスタートしました。
『紙の月』の原作小説からは”ちょっとしたことで運命が狂う怖さ”や”女性の業の深さ”など、いろいろなことが感じられますが、僕が最初に掴んだのは、もう少しシンプルに”梨花が走る”ということで。もちろん走るというアクションには、そこに彼女の運命の別れ道や、彼女が女性として生きるかたちそのものまで含まれているような気がします。
そのように、映像化にあたっては、読後感をシンプルに、単純化してからスタートする癖があって。今回も、読み終わるのと同時にそのイメージが浮かんできましたね。
“言葉”を丁寧に撮る
今回の映画『紙の月』では、原作にない映画オリジナルの2人のキャラクターが登場します。小林聡美さん演じる隅より子と、大島優子さん演じる相川恵子の2人は梨花にとって大きな存在で、物語の中でもキーとなる役どころです。
梨花の行動に影響を及ぼす2人の「言葉」が際立つシーンは、脚本家の早船歌江子さんの書いた素晴らしいセリフを、一言もこぼさず丁寧に織るような意識で撮っていきました。
ラスト近く、梨花と隅が緊張感のある言葉の応酬で激突するシーンがあるのですが、最初に撮影のスケジュールを組んだ時点から、出演者もスタッフも皆がテンションを高めて、そのシーンに向かっていくイメージを持っていましたね。そのように、現場の意識もまとまっていたので、俳優さんたちに良い演技をしてもらうという意味では苦労もなく、スムーズに撮影していくことができました。
毎回、俳優さんには恵まれていますが、今回特に、梨花を演じた宮沢りえさんの表情には、撮影中にも編集中にも、はっとさせられる部分がいくつもありましたね。
小さい仕事、条件の悪い仕事でも積み重ねて次に繋げる
今回、『紙の月』で女性を描いて、前作『桐島、部活やめるってよ』では高校生を描いたので、今後はまた違ったテーマを撮りたいと思っています。理想を言えば、1本1本監督が同じだと気づかれないようなものをやりたいですね。
映像制作に携わる方に伝えたいことは、いろいろな仕事をする中で、小さい仕事や、条件が悪い仕事ほど頑張って向き合って欲しいということです。
「この仕事は流して、次のチャンスまで待とう」ではなくて、例えばこの仕事は20点だけれど、これを頑張って50点までもっていく気概…みんな若いうちは100点を取りたい、ホームランを打ちたい気持ちだと思いますが、とにかくファウルでもいいから粘り続けて…というような気持ちは大切だと思います。
若いうちは20点を50点にすることに、やりがいを感じにくいと思いますが、その仕事は必ず誰かが見てくれていますから。そこで頑張っていれば、次は最初から50点くらいの仕事が来るんです。そうすると今度はそれを70点にできる…そういうことをどれだけ積み重ねていけるかが、若いうちは大事だと思います。「20点だけど、もしこれで100点取ったらヒーローになれる」(笑)と頑張って、結果50点でも、30点アップしたことは大きいですから…そうやって、うまく自分をのせて向かい合っていって欲しいですね。
作品情報
『紙の月』
11月15日(土)全国ロードショー
原作:「紙の月」(角田光代・角川春樹事務所刊/第25回柴田錬三郎賞受賞)
監督:吉田大八(『桐島、部活やめるってよ』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』)
脚本:早船歌江子
制作プロダクション:ROBOT
配給:松竹
主演:宮沢りえ
出演:池松壮亮、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美
オフィシャルサイト
http://kaminotsuki.jp
(2014年11月10日更新)