Web、広告、ゲーム、アプリなど、多くのクリエイターが関わる領域は変化が速く、制作や社内連携、勉強方法などなど、日々悩んでいる人も多いのではないでしょうか。

ジェイコブ・ネルソン氏は、デザインR&D、UX、PX戦略、マーケティングなどの分野で、長年トップを走ってきたエキスパートです。近日、クリーク・アンド・リバー社で、UIに関するウェビナーオンラインデモレッスンを開催する氏に、日本のデザインやUX、日本人の思考の特徴などをお話しいただきました。

ジェイコブ・ネルソン(Jacob Nelson)
ワシントン大学で情報管理を専攻、修士課程修了。デザインR&D、UX&PX戦略、デジタルマーケティング&ブランド各部門の責任者など、グローバルおよびローカル企業で複数のリーダーポジションを歴任する。2013年から日本在住。2018年、グローバルキャリアアワード「ベストマーケティングチーム」賞受賞。教育活動にも力をいれており、PX&UXデザインに関する教育シリーズを多数執筆。東京大学の研究チームとヘルスケア向けゲームIoTに関する共同論文も発表している。

デザイン、UX、ブランディング、マーケティング……、幅広く活躍

――これまでの経歴を簡単に教えてください。

2000年ごろからフリーランスでWebサイトやフラッシュアニメーションの制作を開始しました。高校ではWebデザインと開発を、大学ではWebプログラミングとアプリケーション開発を学んでいて、キャリア開始は在学中からです。

さまざまな制作を経験した後、Webサイトのデザインという狭い範囲ではなく、サイト、アプリ、その他のツールを含め、全体の開発から手がけられるようになりたいと考えるようになり、大学院に進んでユーザーエクスペリエンスデザイン(UX)、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)、情報管理・組織化などを重点的に学びました。
その後は、ブランディング、デジタルマーケティングなどにも携わっています。
Jacob氏

私は13歳の頃に見た黒澤明監督の映画に魅了され、日本に憧れを持ってきました。高校、大学では、日本語や日本文学も勉強していたのですよ。そこで将来妻となる日本人女性に出会い、2013年、念願叶って妻とともに日本で暮らすことになりました。

――日本ではどんな仕事を?

日本でもいろいろな経験と成果を積みましたが、一例を紹介すると、通信事業会社でのtoB向けパーソナライズ事業があります。カスタムユーザージャーニーを通じて、企業のブランド・製品と顧客・見込み客との間に関係を築きました。

自社サイトにアクセスした企業を検出し、サービス(ソーシャルメディア、製品ページ、ダウンロードなど)との接点を分析し、顧客の好みや接点に基づきパーソナライズされたメッセージを届けたり、コンバージョンポイントを変えていくのです。

カスタムユーザージャーニーは、フォーチュン・グローバル500に選出されている企業を含む200以上の顧客・見込み客向けに作成しました。このときはアジア地域の責任者として、ブランド・デジタルマーケティングに取り組みました。

※編集部注:フォーチュン・グローバル500(Fortune Global 500)とは
アメリカ合衆国のフォーチュン誌が年1回編集・発行する、世界中の会社を対象とした総収入ランキングリスト。

また別の企業でもUX、UI、PXを中心に、企業戦略やマネジメント改革に携わり、現在は自分の会社で個人的且つ専門的な製品・サービスの開発を行いつつデザイン、ブランド、マーケティング、グロース、プロダクトの教育にも携わっています。

――本当に幅広いご活躍ですね。日本のどんなところがお好きですか。

複雑で繊細な美を重んじるところがとても気に入っています。「大きいほどよい」という価値観のあるアメリカ人ならば大きな花束を好むところ、日本ではずっと控えめに、独特の配置をした生け花が好まれます。近松門左衛門や森鴎外、永井荷風などの作品が私は大好きですが、こうした文学を読んでも、日本人にはピュアで誠実な精神性があり、ひとつのことを深く掘り下げて考える長所があると思います。

スペースがあると何かを入れたくなる日本人

――ジェイコブさんから見て、日本のサイトデザインやUXなどの分野はいかがですか。

残念なことに、その分野では遅れをとっていると思います。ひとつには英語圏ではないという影響があるでしょう。UXをはじめITの最新情報は、日本に入ってくるのは翻訳後なのでタイムラグが生じてしまいます。
そして、日本人はスペースがあるとそこに何かを入れたい、どうにかして有効活用したいと思って入れる情報が増えるようです。これはWebサイトの話に限りません。部屋や建物など、現実のスペースにも言えることです。アメリカやヨーロッパでは、スペースを広くとってそのままにしておくことを好みます。

――情報は少ない方がよいのでしょうか。

多いか少ないかではなく、ユーザーにとってわかりやすくよい体験となるために、本当に必要なものは何か、最もプライオリティの高い大切な情報は何か、よく精査して必要なものだけを入れることが大切です。必要なものが何かは、感覚だけではわからないこと。調査や研究を根拠として精査していく必要があり、UXが進んでいる地域ではその研究も進んでいます。

部署間の調整など日本ならではの課題も

――日本でUXやUIの優れたサービスはありませんか。

かなり少ない印象です。はじめはよい方向でやっていても、後からどんどん情報が追加されてしまう事例も見ますよ。
私は日本の組織の課題ではないかと考えています。
日本の企業で働いてみて、私はグループダイナミクスが日本の大きな強みだと感じます。「チーム」としてひとつになるまでに時間がかかるアメリカと違い、チームとして直ちにスタートし、チームメンバーとお互いに協力することができる日本のチームワークは素晴らしいですね。でも、それがデメリットになることもあります。皆が平等になることを考えすぎて、別の課題に同じソリューションをあてはめてしまう場合などです。

Jacob氏

たとえば、トップページにある部署に関連する情報を載せたとすると、別の部署から「うちのことも載せたい」と声が上がる。どの部署の意見も平等に扱おうとして、結果、情報が増えていく、というようなこと。皆さんの職場でもありませんか?

――はい、おっしゃる通り、本当によくあります。

他のチームの意見を聞いたり、チーム内で皆の意見を平等に聞くことは素晴らしいことです。しかし、それに全て同じソリューションを当てはめていたら、よいダイナミクスとはなりません。それぞれの問題に合ったソリューションを考える必要があります。
そうした組織の課題を乗り越えて、UXへの理解と研究が進めば、日本の純粋さや独特の美への感性、そしてチームダイナミクスが活かされて、UXの分野を牽引していくと期待しています。
そのために、もうひとつの問題が、日本人の深く考える性質です。

考えすぎたらイノベーションは生まれない

――深く考えることはよくないのでしょうか。

もちろん大きな長所なのですが、短所にもなります。

計画を立て、それに基づいて行動する。これは皆さん行っているでしょう。ただし計画の時点で頭でっかちになるべきではありません。
計画は、プロジェクトのマイルストーン(中間目標)に向かうアクションに焦点を当てたものであるべきです。
そうすると細かいディテールや複雑な部分が必然的に発生してくるでしょうから、その時に深く考えればいいのです。

最初からすべて完璧にして、不安材料をなくして、と複雑に考えていたらイノベーションは生まれません。深く考える前に行動して、テストとフィードバックを繰り返して前に進んでいくことが必要です。
Jacob氏
――思い当たるところがたくさんあります。どうしたらよいのでしょう?

いちばんいいのは、両方を取り入れることですね。最初の30%まではアメリカ式に。考えるよりやってみる。そしてそれ以降は日本式にいろいろなことを絡めてよく考える。
日本では何も始まらないうちから、あらゆることを考えているように思いますよ。未来って、わからないんです。何が起こるか、よくなるか、悪くなるか、何もわからない。まずやってみて、少しずつわかってきたことがあったら、それを材料にして考える。セオリーは後で。そんなやり方が必要だと思います。
この世界はそもそも複雑なものです。だからこそ、シンプルに考えシンプルに道具をつくることが大切です。

未来はわからない!今日からよりよい未来を始めよう

――いろいろな分野で経験豊富なジェイコブさんですが、今後何かやりたいことはあるのですか。

はい。私のライフワークは「Dream Recorder」。人々の考えを記録して、見える形にするシステムの開発です。

――それはすごい発想ですね!

画期的なアイディアを誰かと交換したり、旅行に行ったときの思い出を人と共有したり。素晴らしいと思いませんか。システムができたら、自分の考えや頭の中にあるものを直接商品と交換することができるので、お金はだんだん要らなくなるかもしれません。世界を変える発明となりますよ。こういうシステムがあったらどうですか?

――SFのようなシステムでワクワクしますが、ちょっと怖いなとも思います。

そうですね。もちろん危険もあります。最初はスタンドアローンの機材で記録して他の人は見られない状態から始めないといけません。
テストやフィードバックを繰り返して、次の段階に入ったら、自分の考えを外にアップロードするときには、本人がきちんと状況を把握できているかチェックするなど、セキュリティを何重にも用意する必要もあるでしょう。

Jacob氏

悪事を企む人が出てくる可能性もあります。私は決してこのシステムでお金儲けをすることはありません。インターネットのように、人類共有のシステムにします。儲けようと企む人、マインドコントロールに使おうとする人、そういう人たちに先を越されないように、私が先頭に立って進めていきたいのです。2026年の企画開始を目指して、今いろいろな勉強をしています。

――スケールの大きな計画で、未来が楽しみになります。最後に、これを読んでいるクリエイターの方々にメッセージをお願いします。

私が伝えたいのは、「A better future today」。私たちにあるのはいつも「今」です。過去はもう過ぎて変えられません。未来は何もわかりません。未来をよくしたいなら、「今」準備すべきです。明日じゃなく今日、今。未来は今なのです。そして、未来はわからないのだから心配しなくていいんです。
また、私たちは他人を変えることはできません。変えられるのは自分だけ。皆が自分自身を今、ちょっとずつよく変えていったら、よい未来につながります。今いる自分の場所で、それぞれが少しずつ進歩して、ハッピーな未来を築いていきましょう。

インタビュー・テキスト:あんどう ちよ/撮影:SYN.PRODUCT(Kan)/企画・編集:澤田 萌里(CREATIVE VILLAGE編集部)

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