いくつもの人気サービスを立ち上げ、育てているクリエイション企業、サイバーエージェント。なぜ彼らはクオリティの高いサービスを創り続けられるのか。デザイナーを統括し、自らもデザイナーとして作り続けるチーフ・クリエイティブディレクターの佐藤洋介さんにお伺いしました。

 

■ スマホサービスの世界へ

子供の頃はサッカー選手になりたかった。ごく普通の夢でしたね。ただ、家に画集がたくさんあったので、母親と一緒によく絵を描いていました。勉強はまったくできなかったので、手に職をつけようと工業高校の機械科に入りました。油まみれになって旋盤加工や溶接をやるなかで、製図の授業だけは得意だったんです。それでやっぱり大学で専門的に学ぼうと工業デザインを専攻しながら、建築関係に進もうと思いましたが……数学で挫折しちゃったんです。構造力学を前に「これは無理だ」と思ったのを今でも覚えていますね。
情報デザインへと進路を変更した時は、大学3年生。今になって振り返れば、ここでUIや情報設計の分野に進んだことが、今の仕事に繋がるんでしょうね。 UIや情報設計は“モノの内側”=インターフェースを描き、しかも目の前で形になっていくんです。それがすごく楽しくて、大学在学中にはFlashを使って携帯電話の中身を作ったりしていましたね。あまりにどっぷり浸かってしまい、大学院に進んでデジタルテレビのインターフェースを研究しました。情報設計の勉強を初めて間もなかったし、就職するにはまだまだUIデザインの知識が足りなかったんですよね。大学院の修士課程を経て、大手印刷会社のWeb制作会社に入社しました。

入社してからの仕事は、企業のコーポレートサイト制作や、カタログのWeb版作成などでした。ただ、10人ほどいた同期のなかで、僕ひとりだけHTMLが分からなかったんですよ。まず1年間コーディングをして、それから4年間、デザイナーとして働きました。
その頃、ちょうど世の中にスマホサービスが増えてきた時期でした。もともとユーザーインターフェースが面白いと感じていた僕は、Webデザインから自然とスマホに興味が移っていきました。仕事は楽しかったし、得るものもたくさんあったけれど、自分がどういう人間になろうかと考えた時に、一番最初に自分でFlashを作った衝撃が忘れられなかったんです。自分で作って、動かして、うまくいかなかったら改良して……それを繰り返して、完成したものをユーザーがどう感じるかということを直接見たかった。そのためには、PDCAを素早く回して改善を重ねることができ、直接ユーザーの声が聞けるスマホサービスの世界に行きたいと思って、転職しました。

サイバーエージェントに入社して一番最初に驚いたのは、社長の藤田がこんなに近いんだということ。入社1週間で、社長の前でデザインをプレゼンさせてもらったんです。スピードも、アイデアも、クオリティも、知識も未知数の、入ってきたばかりの何の信頼もない僕に何かを任そうとしてくれる周囲に対して、僕は120%くらいの力で返して信頼を得ようと思いました。できない事をできると言い切ったり、言ったからにはものすごく努力して、どんどん決断経験を積ませてもらいました。「たくさん決断しろ。決断しないのが一番の悪である」というのはサイバーエージェントの社風ですね。「これやっていいですか?」ではなく「やってから持ってこい。それから評価する」という精神はかなり衝撃的でした。自分のやり方で進めていいんだという安心感がありましたね。

 

■ “シンプルさ”の見せ方が、デザイナーの腕

初めて作ったのは『Simplog』という、一分で書けるブログアプリ。最初は4人ほどのチームで、とにかくオシャレでシンプルなものを作ってみようというコンセプトに向かってアイデアを出していきました。ですから、1つタップが減るとみんなで「これ超画期的じゃない!?」と一喜一憂でしたよ。タップ数が減れば減るほどユーザーが迷わないで操作できますから。ユーザーが100%思い通りに動くなんてことはないので、いかに迷いを軽減させてあげられるかということにどれだけ時間を割くかで、サービスのクオリティが変わってくると思います。
“シンプルさ”については、僕の好きな学者のドナルド・ノーマンが「機能が複雑になっていくのは時代上しょうがない。ただ、その複雑な機能を複雑なまま見せるのはデザインのミスだ」というようなことを本で書いています。やはり、機能が複雑になるのは当然で、次々と新しい機種が出てくるし、iOSやAndroidなどのOSもアップデートしてくる。便利になっていくと機能が膨大になるので、いかに使いやすくシンプルにするかというのが、デザイナーの腕の見せ所になってくるんです。世の中のサービスだって、流行っているものはみんな操作性や使い心地やUXが非常にシンプルですしね。ただし、“シンプルなモノを作る”ことと“シンプルに見せる”ことは違うから、実際はシンプルじゃないけれどシンプルに見せる工夫が必要になってくる。その点でいうとSnapchatなんて上手ですよね。
ただし、シンプルなものが良いとは限らない。例えばドン・キホーテの店内は目的地になかなかたどり着けませんが、それが物欲を醸し出すための良い効果になっている。それはそれでいいんですよ。一発で探したいなら、別の店に行けばいいですから。それでもユーザーは「迷いたい」から、ドン・キホーテやヴィレッジヴァンガードに行くんです。サービスコンセプトとユーザーに合ったUIやUXを作るのも、デザイナーのアイデアと技術ですよね。

また、アプリサービスにおいて重要なのはチュートリアル。他社のサービスを見る時にも、最初にアプリを開いた時にどういう体験を提供してくれるかに注目します。説明的でも読まないし、紙芝居的に次へ次へと繰っていくのも面白くない。もっとも重要なのは、実際に使用しているのと同じような疑似体験をさせてくれること。その中で、ログイン登録画面が自然に現れるように工夫されているアプリが良いですね。

 

■ クリエイターとして、アイデアの源泉

嘘みたいな話ですが、寝ている間にデザインをしたことがあるんですよ。ちょうどSimplogの頃、夢の中でデザインについて考えていて、起きたらもうできあがっていたんです。あとは頭の中をなぞるだけ。たぶんそれまでにとことん考えていたからアイデアが降りてきたんでしょうね。アイデアは、圧倒的な量を考えた先に産まれますから、ふとトイレやお風呂で思いつくこともあります。バイクに乗っている時に急に思いついて、そのまま家に引き返すこともありますよ。とにかく考えて考えて、待つしかない。
ちょうどAbemaTVを立ち上げる時も、2014年12月に社長にコンセプトモックを送ったら、人づてに「あんまり良くない」という社長の反応だけが返ってきたんです。それを聞いた僕は、正月休み中も心ここにあらずですよ。社長の言う「あんまり」が、UIがあんまりなのか、コンテンツがあんまりなのか、色味なのか雰囲気なのか……悶々と考えすぎて、僕のなかで「あんまり」というワードが「お前こんなものなの?」くらいの責めに膨れ上がってしまったんです(笑)いてもたってもいられなくて、正月休み中に会社に行きました。とにかく手を動かしてサンプルを作って、僕なりに最高だと思えるものを社長に直で持って行ったんです。すると二つ返事で「うん、これがいい」と言ってくれて、やっと胸を撫で下ろしたのを今も覚えていますね。でも、社長は覚えていないと思いますよ。こんなケースはたくさんありますからね。

今は現場をマネジメントをする立場になった僕ですが、僕自身が頭や手を動かすことで、やっとデザイナーたちも付いてきてくれるんだと思います。現場のリソースが無ければ僕が手を動かせば良い。どんなに小さなバナーでも。デザインは職人の世界で、いくつになっても創り手としては対等なので、急に現れて斜め上から意見を言ってもみんなに届きません。だから新規のサービスが立ち上がる時には、僕もみんなと一緒に社内コンペに応募するし、そこで誰よりも良いものを作って「な?見たろ?」と言いたい。ただ、当然ですが、僕より良い案があればそちらを評価しますが(笑)
そのためにクリエイターとして、インプットはとにかく大切にしています。スマホアプリのストアにリリースされる新サービスはほぼすべて見ています。いつ、何を質問されてもアイデアを出せるように。
息抜きとして、バイクにも乗りますね。休日は一人でバイクに乗って、千葉の奥地の海へ行って1時間くらいボーっとしていますよ。ふだんずっと考え事をしているので、頭を空っぽにするのは気持ちいいです。運転中も何も考えていなくて、前しか見ていないですから。

 

■ どうすればデザイナーが伸びるか

現在、僕の仕事はサービスのクオリティを上げることです。すでに運用しているサービスも、新規開発のものも、すべて見ます。最近ではAbemaTVのCMや広告クリエイティブも可能なかぎり全て監修しています。CMでは監督と一緒に構成や絵作りを決めたり、絵コンテを描いたり……描いてると大学生の頃を思い出しますね(笑)クオリティ向上のために、毎月1度、社長の藤田と僕で会社のすべてのメディアサービスを俯瞰して見ています。今はAbemaTV、AWA、アメブロ、オウンドメディアふくめ20サービスくらいありますね。そこで藤田とチェックして出たフィードバックをもとに、実際の現場でデザイナーと一緒に考えて作っていきます。
デザイナーにとって大事なのは、モチベーション。サービスは生き物なので、クリエイターの気持ちが乗っていれば、クオリティはあがります。コンテンツが育つには、どれだけ愛情を込められるかが大事なのかもしれないな、と思うんです。たとえばAbemaTVは今すごく伸びていますが、番組作り、UI、プロダクト……いろんな面において、現場のクリエイター達の情熱がクオリティを押し上げています。それがユーザーに届いて喜んでもらえたら、何倍も気持ちいい。やっぱり、この仕事をしていて楽しい瞬間はユーザーに「いいね!」と評価してもらった時。「そうでしょ!?いいでしょ!?」という達成感があります。僕らは良いものしか作りたくない。作ったものがユーザーに喜んでもらえるように、日々取り組んでいるんです。
そのためにはデザイナーを統括する立場として、適材適所を最も重要視して、どうすればデザイナーが伸び、最大限のパフォーマンスを発揮できるかということを第1に考えているつもりです。意図的にいろんな環境を経験してもらったり、本人が納得いくかたちで社内評価をすることを大切にしています。だから僕の管轄では、半期ごとの社内面談の時に誰に面談してもらうか、なるべくデザイナー本人が納得いくように評価者を選べるようにしているんですよ。人の先にあるクオリティを上げるためにはどうすればいいかを、常に意識しています。
だからとにかく若手にはチャレンジをして欲しい。縮こまっているアウトプットを見ると、もったいないなと思います。そのために、デザイナーひとりひとりが伸び伸びやれるように、最適なアドバイスができたらなと思っています。「もっと柔軟にデザインを広げてみていい。見放さないから好きなようにやってみて」と伝えたいですね。


CyberAgent

サイバーエージェントは、メディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業などを 展開するインターネット総合サービス企業です。 ブログやコミュニティサービスなどを 展開する「Ameba」をはじめ、2015年からは、音楽や動画などエンターテインメント領域を新たな事業の柱とすべく、定額制音楽配信サービス「AWA」、インターネットテレビ局「AbemaTV」など、インターネット業界のパイオニアとして、総合的にサービスを提供しております。

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